《令和8年の幕開け》 創立62年目の新年を迎えることになりました
新年あけましておめでとうございます、安住庵・支配人の渡邊です。
昨年は昭和が始まった1926年から数えると昭和100年にあたるということでしたね。
そんな昭和真っただ中の39年12月にホテル中村として創業した当庵は今年で62年目の年に。
これほどの永い間宿を続けてこられたのは、たくさんのお客様にご愛顧いただいたおかげであるとしみじみ実感しています。

最寄り駅の中村駅は昭和45年にできたので、当時列車の終点は窪川駅(現在の高速最終ICの辺り)。
四万十川や足摺岬への観光に行くためには、そこからはバス利用という便の悪さだったようです。
今よりさらに時間がかかり僻地感があったのではないかと想像できますね。
旧中村市最初のホテルとしてオープンしてから、その後は高知県の中の中核都市のような位置づけで〈おまち中村〉としてにぎわったことから、観光の方のみならず、お仕事の方、学生さんの合宿などもたくさんご利用いただきました。
当時の南海ホークス(現ソフトバンクホークス)の2軍のキャンプ地であり、宿舎としてプロ野球選手にもお泊りいただいていた時代も。

平成15年になごみ宿安住庵としてリニューアル後は、お部屋数を少なくし、お部屋の仕様も変更したことから学生の団体さんやビジネスの方をお受けすることができないことに。
さらには温泉施設も収容人数に合わせあまり大きすぎないことから、未就学のお子様連れの方の受け入れはご遠慮いただくことにしました。
当庵のような小さい宿では、ゆっくりお過ごしになられたい方と非日常ではしゃぎたいお子様が一堂に会すと、お互い気まずい思いをさせてしまうからという苦渋の決断に。
立ち寄り温泉をしていないのもこうした理由からで、お泊りのお客様だけに特化しているからです。

創業してから60年を過ぎてくるとどうしても施設面での老朽化が進みますが、リニューアル後は大きな改装等はなかなか実行することができません。
そんな状態の中でも昭和レトロ感のある雰囲気作り、そして温泉やお食事へのこだわりを持ち、ご逗留の方には居心地よい宿として感じていただけることをこれまで同様願っています。
昨日大晦日の夜は、お客様が窓を開けて入ってしまったという虫が駆除をしたと思ったら、受水槽のタンクに水が溜まってないかも対応に右往左往したら単なる勘違いで冷や汗を。
そしてここのところ振り子の動きが悪くなっていたロビーのアンティーク時計が完全に止まってしまい、交換作業に大汗ダラダラ。
どれも大きな問題にならず事なきを得て、却って厄払いができたかのではないかと思うことにします。

年齢を重ねてきた当庵も我々も、これからの1年1年はこんなことの繰り返しで対応にバタバタすることでしょう。
そうしたことをクリアしながらも、宿の営業を続けられお客様をお迎えできることの喜び。
そして、お客様の記憶に残り、ふとした時にまた思い出していただけるような宿であるならば、宿冥利に尽きるというものです。
これからもどうぞご愛顧のほどお願い申し上げます。
皆さまにとって平穏な年でありますように。
